恋と仕事とダイエットとストレスと。
いかにしてお金をかけずに痩せたか。 痩せてもまだまだ悩みは続く。
間違ってない人間なんていない。:7月4日の食事記録
2011年7月4日の記録
体重・体脂肪
7時 49.10kg 20.70%
食事:計2,040kcal
09時(785kcal) 
メンチカツパン/海老カツサンド/インスタントコーヒー(ブラック)
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10時(301kcal) 
ポテトサラダハムサンド/インスタントコーヒー(ブラック)
18時(53kcal) グレープフルーツ
体重・体脂肪
食事:計2,040kcal
メンチカツパン/海老カツサンド/インスタントコーヒー(ブラック)
ポテトサラダハムサンド/インスタントコーヒー(ブラック)
サッポロ ドラフトワン350ml/納豆おろしスパゲッティ/きのこのあんかけ豆腐
まぁブログも長いこと続けてきまして。
時には応援コメントもいただけるようになりました。
色んな人が頑張ってるんだからと思えるような励まされるコメントも。
閲覧数が増えると言うことは、当然スパムが連続増加したこともあります。
そして、変なコメントを頂戴したこともあります。
向日葵と言えば、まぁある種の女子に嫌われることもあります。
デブスな人々ではなく、まぁざっくり言うと「普通の女子」であると思いこんでいる人たち。
私の意見は「一意見」であります。
日記にしろ日常生活にしろ同じことです。
でも、自分の意見と違う人に、相手の土俵で文句を言う人はどこにでもいるね。
ムカつくなら見なきゃいいのに。ムカつくなら聞かなきゃいいのに。
でも、「自分は迷ったり悩んだりしているから正しい」と思っている人は、
向日葵のように「自分が正しいと思っているように見える人」に攻撃をしかけるのよね。
誰だって迷ったり悩んだりしている。
それを「外に出して」、人の「可哀想」をもらいたがる人もいる。その逆も然り。
向日葵がデブスと言い始めたのには理由がある。
それまでとりたてて何とも思っていなかったけど、(今考えれば)デブス集団と遊んでいた。
学校のクラスで言うと、隅っこの方にいて、自分たちだけで盛り上がっている人たち。
そのこと自体は批判しないし、楽しければなんでもいいと思っていた。
デブス集団の中にいた一人の子が、いきなりギャル系ファッションに挑戦した日。
そりゃあ向日葵も、そんなに太い足を出して大丈夫か?と心の中では思ったさ。
でもその中のデブスの1人が言い放った言葉。
「そんな格好しても似合わないよ。男に媚びるとしたら間違ってない?変だよ。」
(;゚Д゚) ????
最初はなにを言っているのかわからなかった。
ギャル系のファッション=男に媚びるもの、なのか?
イメージチェンジして、太い足を出したとしても、彼女は私に迷惑をかけるわけではない。
似合う似合わないは別として、挑戦したことはすごいと向日葵は思った。
自分にはできないからね。勇気がないし。
なにより背がやたら高くて、猫背でメガネで暗くて、太い足をしている女子が、
そのファッションに挑戦することは、頑張ったなぁと思ったのだ。
漫画ばっかり読んで(しかもボーイズラブもの)、ゲームが大好きで、
まるで本屋さんみたいな自宅でひっそり過ごし、目立つことを避けていた彼女が、
シマムラで買ってきた洋服を吐き捨てるように切り捨てたわけだ。
トモダチなのに。
彼女の勇気や気分の高揚自体を批判したのだ。
つーか、男子に媚びてなにが悪い。
チューガク、コーコーセーじゃあるまいし。
その時、ケチをつけた女の心情が見えた。
綺麗になること自体を否定しているのだ。努力すらも。
そのデブス発言を聞いて以来、彼女たちのグループと遊ぶことをやめた。
何かに文句を言う人は、自分が正しいと思っている。
いや、人間は誰しも自分が正しいと思っている。
それが社会とずれていたり、周囲の人間とずれていると不安になる。
私はきっと間違っていることもあるけれど、自分が正しいと思わないと生きていけない。
相手とぶつかったり、そのために別れがあったりする。
それも含めて「間違っている自分」もまるごと自分であると認識する。
デブだろうがブスだろうが、オバサンだろうが貧乏だろうが。
別にいいじゃん。何の問題があるんだ。
それでもなんでも「自分は自分」だし。
デブでもブスでも、心までブサイクになってはいけない。
間違ってても、迷っても、悲しんでも苦しんでも、怒ってもケンカしても。
「そんなこともあったね」って言える日はきっと来るのだ。
足を引っ張り合って安心するようなオナカマならいらん。
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